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『独立第13女子寮・その1』(オリジナル百合SS)

オリジナルのSSを公開します。
『独立第13女子寮』というお題です。
とある企業の女子寮が舞台の百合ハーレムって感じで。

なお完全オリジナルなので、キャラ紹介など……。

佐島雪乃:IT事業部のテクニカルライター。本作の主人公。
九里原怜:IT事業部課長代理。雪乃の上司。
藤末鈴 :秘書室員。強気美女。
但馬五月:営業部員。元自衛隊員。
朝霧美羽:女子高生。雪乃に可愛がられている。
いのり :第13女子寮の機械警備システム。

(クリックで拡大します)
百合ハー企画キャラ紹介第2版

今回はプロローグということでキャラの顔見せが中心ですが、若干怜x雪乃があったりなかったり……w

ただし長いです。約22KBほど。
二次創作に比べてどうしてもオリジナルは分量が多くなりますねー。
申し訳ないありません。

それでは、お楽しみくださいませっ!





 『独立第13女子寮・その1』



 本当にこの世は、わからないことばかりで溢れかえってる──。

    ◇  ◆  ◇

 テレビや雑誌でその存在くらいは知っていた。もちろん自分には一生縁のない場所だということも理解してたと思う。だから未だに慣れることができない。まさかこんな超のつく高級住宅街の一角に自分が住んでいるという、その事実に。

 梅雨空と呼ぶにふさわしい、どんよりとした灰色の雲が垂れ込めていた。いつ雨が降り出してもおかしくはない。いちおう折りたたみの傘を持っているとはいえ、できれば雨には当たりたくないし。

 夕方でだいぶ気温が下がったとはいえ、むしろ湿度の高い今の空気は、昼間の都心の乾いたそれよりよっぽど不愉快だった。何より髪の毛が汗でぺたぺたオデコに張り付いてくるのがうっとおしくて堪らない。ちりちりと苛立ちを感じながら、右手首の腕時計に目をやる。

「もうすぐ7時か」

 タオルで軽く額を押さえながら、いつもよりほんの少しだけ重たいトートバッグを抱え、とにかく私は家路を急いでいた。おそらくみんな、いい加減帰りを待ちわびているはずだから。そういうわけで駅からずらり並んでいる、いったい何億円するのか見当もつかない豪邸の群れをのん気に眺める余裕など、今の私にあるはずもなかった。

 やがてどっしりした石造りの塀に囲まれた一角に突き当たる。それにそって歩道をしばらく歩いていくと、ようやく正門が見えてきた。もっともそこは本来、乗用車が余裕ですれ違えるくらいの広さなのだけど、今はしっかりとシャッターが降ろされている。塀の高さは優に私の背の倍はあるだろう。

 もちろんごく普通の人間にすぎない私には、こんな頑丈そうなシャッターをパンチでぶち破ったり、高い塀を飛び越える程度の能力の持ち合わせはない。というわけで、ごく常識的な対応を取るために、その仰々しい正門の右手側へと歩み寄った。

 そこには人間一人が通れるくらいの小さな扉があって、すぐ上に『株式会社スガルシステムズ 独立第十三女子寮』と書かれた金属製のプレートが取り付けられている。脇にはごく普通の郵便受けと、これだけは誰がどう見ても一般家屋向けとは思えない、まるでATMを連想させるような小さな端末がはめ込まれていた。

 それはいわゆる生体認証、またはバイオメトリクス認証と呼ばれる技術を用いた本人認証システムだった。手のひら静脈・顔・声紋のトリプルチェックで本人認証を行うという、いささか病的なほど厳重なシロモノである。すでにカメラで私の存在を認識したらしく、対話用の小さな液晶画面にはマスコットキャラのいのちりゃんの笑顔が映し出されていた。

『いらっしゃいませ。これより手のひら認証を開始します。手のひらを画面下の静脈認証ユニットに当ててください。ではどうぞ』

 言われるままに右の手のひらを認証ユニットに押し当てる。すると『ピッ』という短い電子音が響いた。

『ご協力感謝いたします。続いてこれより声紋認証を開始します。なお本日の合言葉は”風”です。ではどうぞ』
「”谷”で合ってるよね?」

 これは私が生まれる遥か前に公開された、有名なアニメ映画でも使われているフレーズだ。もちろん質問や答え自体にはなんの意味もない。声紋チェックのために声を入力するのだから、本来は『あー』でも『うー』でも全然おっけーなのだ。認証システムのキャラがこんなヘンな質問をしてくるのは、要するにここの寮監さんの趣味なのよね。

『大変失礼いたしました。全認証、オールグリーン。これより開錠いたします。認証へのご協力、ありがとうございました』
「いつもお仕事ごくろうさま、いのりちゃん」
『私にできるのはこのくらいですから。雪乃さんもお仕事お疲れさまでした』

 画面の中のいのりちゃんは軽く頭を下げ、それから右手を軽く左右に振ってバイバイしてくれる。それが合図かのように、『ピー』という甲高い電子音と同時に、通用口の電気錠が『ガチャリ』と重々しい音を立てた。

 たまーにだけど、こんなやり取りを繰り返してると、いのりちゃんってホントに機械なんだろうかって疑問を感じることがある。

 いや別にわかってるよ。仮にもITソリューション事業部開発2課ってところでテクニカルライターやってるわけだし、このケルベロスV21、商品名「いのりシステム」の説明書だって少しお手伝いはしたし。だからこのシステムがどんな能力を持っていて、どこをどう操作すればどうなるかくらい、おおよそのことはわかってるつもり。

 でも中身となると正直さっぱりだ。実は魔法で動いてるとか、妖精さんが中に棲んでるんだよと言われても、私にはそれを否定し切ることができない。ほら、昔の格言にもあるじゃない。『充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない』ってやつ。

 ホント世の中って、わからないことだらけだよねー。

 おっと、ぼんやりしてる場合じゃない。開錠されるのはたったの15秒間だけ。それまでにドアを開けないと、また最初から認証手順をやり直さなくちゃいけないはめになる。さすがの私もそこまでグズじゃないから、さっさとドアノブを回すと、渾身の力を込めて手前に引っ張った。

 するといのりちゃんがそれに気づいてパワーアシストユニットを作動させてくれる。そのおかげで、ようやく特殊合金製のドアが静々と開いていく。これで電子の要塞の最初の関門は無事突破というわけだ。

 そう。実はこれで終わりじゃない。最終目的地はもう少し先。ここからさらに百メートル以上もある、緩やかなカーブを描いた簡易舗装の道を、延々と歩いていかなくちゃいけない。

 もしこの道をショートカットしようという誘惑に負け、一歩でも人工芝の庭へ入り込んだら最後。たちまち監視カメラと対人レーダーによって察知され、まるで黙示録の天使たちを思わせる警報用サイレンが鳴り響く。さらに事前に契約した警備会社はもちろん、下手をすると警察や消防署にまで自動的に通報されてしまうのだ。ここに引っ越して来た最初の日に、他ならぬ自分自身がそんな目にあってしまったので、以来この庭を通り抜ける時はちょっとだけ緊張してしまう。

 それでも待ちに待ったBD(ブルーレイ・ディスク)を手に入れた今日の私の足取りはいつもより一段と軽い。テンポのいいリズムをローファーで刻みながら、私はあっという間に寮の玄関へと到達する。

 ここは一見してごく普通の民家のような木製のドアだけど、やはり内部には分厚い金属の板が埋め込まれているとか。おかげで開け閉めする時は、まるで鋼鉄製の防火扉を手動で動かすような思いを味わうことになる。というわけで、私は玄関の脇にあるインターフォンのボタンを押し、頼もしい援軍を呼び出すことにした。

 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。

『はーいっ!』

 ものの数秒で元気のいい返事が帰ってくる。その声の調子から、相手はおそらく営業部の但馬五月さんだろうと見当をつけた。

「ただいま五月ちゃん。雪乃だよ。悪いけど玄関のドア、開けるの手伝ってくれないかな?」
『了解ッス。今すぐそっち行くんで、ちょっと待っててくださいっ!』

 ドアの向こうからドタドタと賑やかな足音が響いてくる。ホント、五月ちゃんはとってもいい子だ。こんな時でも全力疾走で駆けつけてきてくれる。

 がちゃちゃちゃ、という鈍い金属音が聞こえ、それからドアがわずかにきしみ音を上げながら開いていく。

「ありがと五月ちゃん。いつも助けてもらって悪いね」
「そんなことないッス。このくらい、お安い御用ッスから」

 そう言って五月ちゃんは、大抵の人が好意を抱くに違いないと思わせる、とても人懐っこい笑みを浮かべた。

 彼女は私よりも年下で、高校卒業後2年間自衛隊で働いてから営業に採用されたという、ちょっと変わった経歴の持ち主である。私より少し小柄だけどショートカットのとてもよく似合う、それこそ陸上の短距離の選手なんかにいそうな感じ。アニメやコミックに出てくるような、絵に描いたようなバリバリの体育会系娘で、それはもう見ているこちらまでテンションがあがってしまうくらい。

「では改めてお帰りなさい、雪乃先輩。みんなお待ちかねッスよっ!」
「うんっ!」

 軽く応じながら、私は玄関の中へと足を踏み入れる。屋内に漂う独特な香りを吸い込むと、先ほどまでの全身の緊張がようやく緩んでいくのを心地よく感じた。

 そう、ここだ。

 これが現在の私の居場所。乾き切った都会に奇跡のように存在する心のオアシス。株式会社スガルシステムズの所有する、ちょっぴり残念な我らのホーム、第13女子寮なのだった。

    ◇  ◆  ◇

 五月ちゃんに続いてダイニングキッチンに入るなり、私はトートバッグから小さな紙包みを取り出すと、みんなによく見えるようにそれを高々と掲げてみせた。

「コンビニ受け取りで、BDを無事ゲットだぜぃ!」

 すると室内にいた人たち全員が、輝くような笑顔を浮かべる。

「おお、でかした雪乃」
「ご苦労さまッス、先輩」
「……お帰りなさい」

 なんというか、とても個性的な三人の反応であった。まあみんな喜んでくれてるみたいだから、別にいいよね?

 ちなみに今日受け取ってきたのは春先に放送された深夜アニメのBD。可愛らしいデザインの魔法少女たちと、それに相反するようなシリアスな展開で、世のアニメオタクたちを震撼させたという話題作だった。これに収録されているのは3話と4話。中でも3話は、レギュラーキャラの魔法少女が敵に食い殺されるという、衝撃的な内容として知られていた。

 すでに私や彼女たちは、一度放送されたものを視聴しているから、おおよそのストーリーは把握してる。だけどBDの高画質で、しかもこの寮の地下に設置されているシアタールームの映画館みたいな大画面で見るとなると、きっと迫力もケタ違いだろう。それが皆さんお待ちかねの本日のイベントというワケだ。

「とりあえず冷たいものでも飲む? それとも先に手洗いとうがい、かな?」

 ぱたぱたとスリッパの音を立てながら私に近寄ってきたのは、秘書室の藤末鈴ちゃん。私はいつも鈴ちゃんと呼んでいる。会社では同期入社組で、五月ちゃんと同じく、やはりこの第13女子寮の住人だ。

 とは言うものの、実は彼女と私の共通点はほとんどないに等しい。身長は10センチ以上高いし、出るところは出てるし、引っ込むところはちゃんと引っ込んでる。つややかなロングヘア、きめの細かい白い肌、透き通った目鼻立ち、濡れた大きな瞳。そんな彼女が姿を見せると、たちまち周りの男どもの態度が変わるのがわかるから、そのたびに私は笑いをこらえるのに苦労する。

 要するに彼女は、とても私と同じ人類とは思えないほどの、それはもう飛び抜けた美貌の持ち主なのだった。

「うーん、やっぱりうがいを先にしておくよ」
「じゃあBDは預かっておくから、先にうがいしておいで。その間に飲み物用意しておくから。麦茶でいいよね?」
「うん、ありがと。ホント鈴ちゃんはいつも優しいねえ。きっといい嫁になるぞ?」
「アホ。無駄口叩いてないで、さっさと行って来い」
「ほーい」

 BDを鈴ちゃんに預けながら、私はさらに部屋の隅っこに潜んでいる、もう一人の少女へと注意を向ける。彼女は壁ぎわに半ばインテリアのように設置されているサブデスクを、まるで自分の机のように占拠していた。教科書やノート、資料、電子辞書なんかが広げられているところを見ると、どうやら宿題の真っ最中だったらしい。よしよし、いい子だねえ。お姉さん大好きだよ。

「ありがとう美羽ちゃん。今日はわざわざ来てくれてとってもうれしい」
「いえ……私も、誘っていただいて、うれしいです」

 うつむき加減で頬を朱に染めながら、小声でそんなことをいう。もうすでにいっぱいいっぱい、という感じだ。ああもう可愛いなあ。

 念のために言っておくけど、この一人だけ高校の制服を身にまとっている少女は、決してコスプレイヤーとかではない。れっきとした現役の高校2年生、朝霧美羽ちゃんだ。もちろん鈴ちゃんや五月ちゃんとは違って、この寮の住人ではない。ひょんなことから私と知り合いになり、時々こうやって第13女子寮まで遊びに来てくれるのだ。

 口数が少なくて線が細いのがちょっと心配だけど、とても可愛くて私にも懐いてくれる妹みたいな存在である。残念ながら私は一人っ子だったので、ずうっとこんな妹が欲しかったというのは、誰にも内緒のトップシークレットだ。

 それから改めて洗面所に向かおうとすると、ふと誰かが何かを呟いたような気がして、くるりと私は振り返る。するとどういうわけか、私のことを見つめていたらしい鈴ちゃんと、バッチリ目が合ってしまった。

「な……なな、何してるのよ。さっさと行って、さっさと戻ってくる!」
「は、はいっ」

 もの凄い剣幕の鈴ちゃんの声に首をすくめながら、そそくさと洗面所に向かう。なんか急に鈴ちゃんの機嫌が悪くなっちゃったけど、何か気に障るようなことしたのかな。それにしても、何もあんなに真っ赤になって怒ることないのに──。



 手洗いとうがいを終えて戻ってくると、机の上に新たに置かれていた自分専用のカップに、すでになみなみと冷たい麦茶が注がれていた。口をつけるなり、んぐんぐと一気に飲み干す。たちまち全身に心地よい冷気が広がり、消えかけていた命の炎が再び赤々と燃え上がる……というのはさすがに言いすぎか。

「ぷはーっ、やっぱ暑い時は冷たい麦茶に限るねー」
「なんか……親父くさい……」
「うわ鈴ちゃん、それはちょっと酷い」

 ちょっぴり涙目の私。一方の鈴ちゃんは目を細めてニヤニヤと満足そうな笑みを浮かべている。もう、鈴ちゃんのイジワル。

「はい先輩。あーんするッス」

 落ち込みかけてた私は、その五月ちゃんの言葉に何一つ疑うことなく口を開ける。すると何か暖かいものが押し込まれてきた。もぐもぐ……。

「ちょ、何これおいしいっ!」
「今日の自信作なんッスよ、これ。北海道の美瑛産カボチャで作ったコロッケッス」
「へええ、カボチャのコロッケって、こんなに甘くて美味しかったんだー」

 よくよく見ると、すでにダイニングテーブルの上には、大小取り混ぜて軽く20を超える食器類が所狭しと並べられている。あのこれ……全部食べるんでしょうか。ちょっとばかし不安なんですけど。主に体重的な意味で。

「じゃあ私たちは、これから料理とかシアタールームに持っていくから。悪いけど雪乃は怜さんを起こしてきてくれる?」
「あれ……。怜さん、もう帰ってきてるんだ」
「雪乃先輩より1時間近く早く帰ってきて、準備が出来たら起こしてくれ、って言い残して自室へ戻ったッス」
「そういえば、昨日は徹夜でプレゼンの準備だって言ってたもんなあ……」

 ふと今朝、疲れ切った表情を浮かべていた怜さんの顔が、脳裏にまざまざと浮かびあがった。こんなに早く帰ってきたということは、よほどうまく行ったか、さもなければまるで相手にされなかったか、のどちらかだろう。

「じゃあ、ちょっと起こしてくるね」
「いつも悪いね。そういう役目を押し付けちゃって」
「申し訳ないッス、先輩」
「別に平気だよ、そんなの気にしなくても」

 リビングを出て階段を登りながら、まだ2人とも怜さんへの苦手意識が抜けてないんだなー、なんて思う。いかにもバツの悪そうな彼女たちの表情が、それを何よりも雄弁に物語っていた。

    ◇  ◆  ◇

 先に自分の部屋に戻って部屋着に着替えてから、改めて廊下に出る。まったく同じデザインのドアが左右に4つずつ並んでいて、その一番奥の右が怜さんの部屋だ。それにしてもバブルの真っ最中とはいえ、よくもまあこんな無駄に部屋数の多い家を作ろうなんて考えた人がいたものだ。もっとも完成直後にバブルがはじけて以来、どんな経緯をたどった末にうちの会社の寮になったのか、その辺りは私もよくは知らない。

 ホント世の中って、わからないことだらけだよねー。

 そんなことを考えながら怜さんの部屋の前に立つ。無駄とわかっていながらドアを軽くノックする。やっぱり応答なし。

「怜さん、入りますよー」

 鍵はかかっていなかった。おそらく眠っているはずの怜さんを刺激しないように、音もなく開いたドアからそっと身体を中へと滑り込ませる。

「……あーあ」

 予想通りとはいえ、溜息が漏れるのを抑えられなかった。

 薄明りの残る窓から照らし出された部屋では、黒のスーツやらブラウスやらが床に無造作に脱ぎ散らされていて、当の本人は黒一色のブラとショーツだけという情けない格好で、ベッドにうつ伏せの体勢で眠りこけていた。何日か前にお掃除したばかりだというのに、すでに見慣れない服や何冊もの本、さらには1ダースほどのペットボトルやコンビニの袋がいたるところに散乱している。

 それらを踏みつけないように、慎重に足を運びながらベッドに近寄る。とても幸せそうな寝顔だった。よほど楽しい夢でも見てるのだろうか。

 会社では完璧超人。家ではまったくのダメ人間。これが誰も知らない九里原怜のもうひとつの素顔だった。なんせ私が2番目の住人としてここに引っ越してくるまでは、寮全体が彼女のゴミ溜めみたいな様相を呈していたくらい。

 なんとか人間が移動できるスペースを確保するだけで丸1日を費やし、さらに全ての汚れを落とし、ようやく臭いを消し去るのに軽く1週間以上はかかったと思う。あの時はそれこそ一生分お掃除をしたような錯覚に襲われたものだ。

「怜さん、起きてくださーい」

 声をかけながら、今にも壊れそうなほっそりした肩に手を触れて、軽く揺すってみる。だけどまるで反応が返ってこない。規則正しい寝息はあいかわらず途切れる様子を見せず、ちょっとやそっとで起きそうにないのは、もはや火を見るより明らかだった。

 胸が痛むけど仕方がない。最終手段に訴えることを決意する。そろそろと部屋の隅へ退避して身をかがめた。

「んっ、んっ」

 軽くノドの調子を整えてから大きく息を吸い込むと、私はお仕事用の大声で力の限り怒鳴った。

「九里原さんっ、N社の鈴木さんからYシステムトラブル発生との一報。外線一番お願いしますっ!」

 次の瞬間、がばっと怜さんの身体がベッドから跳ね上がった。同時に手近の電話機の子機を引っつかんでいる。それはもう見事なまでに完全な戦闘態勢だ。下着姿だけど。

「外線一番了解。お電話代わりました、九里原です。ご迷惑をおかけしております。早速ですが状況のヒアリングを……。もしもし、もし……もし?」

 電話機から応答がないことで、ようやく自分の置かれている状況の異常さに気づいたらしい。きょろきょろと辺りを見回し、何度も首をひねっている。

「あのー、怜さん?」

 恐る恐る私が声をかけた。すると、はっとしたように彼女が私の方に顔を向けて目を細める。だけど残念ながら彼女は強度の近視と乱視。眼鏡をかけない限り、こちらの姿が見えるはずはない。

「雪乃、また騙したな……」
「だって、こうでもしないと起きてくれげふうっ!」

 衝撃で首が折れそうだった。声だけで当たりをつけた怜さんが私に向かって何かを投げつけてきたらしい。くらくらする頭を両手で押さえながら、飛んできた物の正体を確認する。白い大きな低反発マクラだった。まあもしも直撃したのが分厚い本や中身の詰まったペットボトルだったら、絶対にこの程度じゃ済まないはずだけど。

「もうその起こし方だけは止めてよもう。ホントに心臓に悪いんだから」

 はあっー、と大きく息を吐きながら、怜さんは再びベッドに突っ伏した。とりあえず再攻撃の気配はないみたい。痛む首をさすりながら彼女を見下ろせるくらいの距離へと歩み寄る。

「怜さん、BD届きましたよ。そろそろ起きてくださいね」
「……やだ」
「でもほら、皆さん下でお待ちかねですし」
「……やだ」
「まあまあ、そう言わずに」
「……やだ。雪乃が苛めるからやだ」

 どうやらすっかり拗ねてしまったらしい。っていうか、これって私のせいなんだろうか。まあ多少起こし方に問題があったような気もするけど。

「そんなこと言わないで、みんなでBD見ましょうよお。楽しいですよ、きっと」

 すると怜さんは無言でポンポンとベッドを叩いた。これきっとは、ここに来いということだね。そう思って私が腰を降ろすと、わずかにベッドが沈む。するとそれを合図にしたかのように、彼女が私の方に顔を向ける。

「じゃあ……ぎゅっとして」
「え……と?」
「ドキドキが収まるまで、ぎゅっとして」

 恥ずかしそうに頬を染めながら小声で訴えてくる。こうなるともう、駄々をこねる幼女のようだった。ああもうホントに、どうしてこんなに可愛んだろうなあこの人。そんな風にお願いされたらとても断れないよう。

「ちょっとだけですよ?」
「うん」

 寄り添うように私も身体を横たえ、怜さんの小さな身体に両手を回す。するとそれに応えるように彼女も抱きついて来て、まるで赤ん坊のように私の胸に顔を押し付けてくる。

「雪乃はあったかくて、とっても柔らかいね。ホッとするよ」
「あ……ありがとうございます」
「ねえ、雪乃って意外におっきいよね。Dくらい?」
「ええとその……………………E…………………ですけど」

 そんな会話を交わしてると、怜さんの生々しい汗の匂いに気づいてしまい、今度は私の心臓の方がドキドキしはじめる。ところがそれを知ってか知らずか、彼女はさらにとんでもないことを言い始めた。

「ちょっと直に触ってみたいなあ。そのEカップのおっぱいっていうヤツ」
「なっ……だ、駄目ですよそんなの。絶対駄目です。その、だってまだ早いですよっ!」

 ちょっと待て私。早いってなんだっ。パニるにもほどがあるだろっ!

「へえ、まだ早いってことは、もう少し時間をかければおっけーってことかなあ」
「ち、違いますから。そういう意味じゃなくてっ。とにかく駄目です。絶対ずぇーたいに駄目ですからっ!」

 よほど私の動転ぶりがおかしかったのか、怜さんはくくっと喉の奥で笑った。

「了解。今日の所はこれだけで我慢しとく」

 もし階下の人たちにこの光景を目撃されたら、ヘンな風に誤解されちゃうかもしれない。みんなは怜さんのコト苦手にしてるから、まさか上がってきて様子を見に来るとは思えないけど。でももしこんな……下着姿の怜さんに胸に顔をうずめられてる、今の私の姿を見られちゃったりしたら。きっと絶対に誤解される。

 いや待てよ。そもそも誤解なんだろか、この……キモチは──。



 ホントに不思議な人だ。この九里原怜という人は。

 ようやく機嫌が直り、一足先に階段を下りる怜さんの後ろ姿を眺めながら、ふと私はそんな想いに捉われる。

 この第13女子寮の寮監さんであり、同時にうちの会社のITソリューション事業部開発2課の課長さんだ。もっとも正式な肩書きはあくまで『技師』(課長代理相当職)なんだけど、今のところ2課には正規の課長もその代わりもいないので、実質的には彼女がボスと見なされている。とある国立大の情報学科をトップで卒業して、入社後も次々と新企画を発案し、今では事業部のエースとの呼び声も高い。

 だけど社内のほとんどの人たちが、どことなく彼女のことを敬遠していた。なにせ頭の回転が恐ろしく早く、どんな無理難題もこなして見せ、それが当然という態度を崩すことがない。にもかかわらず、特に会社の技術サイドでは、実力は認めながらも決して好意的ではないという人が少なくなかった。

 たとえばこんな伝説がある。とあるプロジェクトにおいて重大なシステムトラブルが発生し、300人がかりで1か月かけても一向に収束できないという、憂慮すべき事態が発生していた。ところがこれに支援メンバーとして投入された彼女は、わずか1日でトラブルの原因を突き止め、さらにたった15分で修正するという神業をやってのけたのだ。

 もちろんそれだけなら、むしろ彼女の輝かしい業績と称賛されただろう。

 ところがその後の対策会議で、それまで従事していたプロジェクトメンバーたちを叱責し、代わりに彼女を褒め称えた取締役に対して、彼女はまったくの無表情でこう返したのだそうだ。

 ──そのくらいにしておきませんか。彼らに罪はありません。
 ──ただ、ゼロは百万個集めてもゼロ。それだけのことです。

 その言葉に会議に出席していた全員が凍り付いたという。無理もない。要するにそれはプロジェクトメンバー全員だけでなく、彼らをプロジェクトに投入した偉い人達も含めて、どいつもこいつも全員無能と面罵したに等しいのだから。

 そんなわけで私の所にも『実力を鼻にかけてる』、『愛想の欠片もない』、『明らかに周りを見下してる』、『メガネヒス』、『毎日アノ日なんじゃないのー(笑)』といった陰口が聞こえてくる。そのたびに懸命に叫びそうになる気持ちを、愛想笑いの下に押し込めて懸命に耐える日々が続いていた。

 大した実績もない小娘の意見に、真剣に耳を傾けてくれる酔狂な人間など、この社会のどこにも存在しないことくらい私にもわかってる。よくて無視、下手をすればこちらまで火の粉が降りかかりかねない。だから私はいつも誰にもわからないように心の中で反論するのだ。

 誰も……何ひとつわかっちゃいないんだ。怜さんの、本当の姿を。

 だけどその一方で、どこか優越感を覚えてることも否定できなかった。彼女だってやっぱり人間で、それどころか実はとても可愛い一面さえあるんだってこと。それを私だけの秘密にしておきたいっていう奇妙な想いが。

 知ってほしいのだろうか、知られたくないのだろうか、みんなに。わからない。自分のコトなのに、自分のキモチが、わからない。

 本当にこの世は、わからないことばかりで溢れかえってる──。

 (つづく)

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おもに百合(GL・ガールズラブ)な小説と周辺情報を公開しています。最近はコミPo!でオリジナル百合4コマも。現在は「けいおん!」、「魔法少女まどか☆マギカ」とオリジナル。カプ傾向は澪梓、憂梓、恵和あたり。あと、ほむほむは百合。
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注:管理人の名称は「あっとあとみっく」が正式ですが、ごくまれに「藍」と名乗ることもあります。

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