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『デイ・アフター・トゥモロー』(オリジナル百合SS)

オリジナルの百合SSを公開します。『デイ・アフター・トゥモロー』というお題です。

以前にこんな題名の映画があったような気もしますが、ほぼ関係ないです。強いて共通点があるとすれば、どちらも「終末モノ」という所でしょうか。

あらすじは、とある場所のシェルターに閉じ込められてしまった、二人の女性の最後の1日…という感じで。ちょっと政治臭いうえに、23KBとやたら長いのでご注意ください。

ちなみにこのSSは、ただいま絶賛公開中の創作百合合同企画『百合物語』に寄稿したものに対し、いくつかのケアレスミスを修正したものです。なおこちらでは私のを含め、合計百作もの一次創作な百合作品(小説、イラスト、コミック)が公開されてます。まだ私も一部しか目を通してないんですが、眠れぬ夜にでもご訪問されてはいかが?w


それでは、お楽しみくださいませっ!


 『デイ・アフター・トゥモロー』



 ──今日で、最後だから。

    ◇  ◆  ◇

 地の底から揺さぶられる感覚に、意識が現実に引き戻されそうになる。いやめんどくさい。どうせすぐに収まるし。寝よ寝よ。ぼんやりとした頭でそう思ってたのに。

 再び夢の世界に旅立ちかけた私の身体に、今度は細くて柔らかくて甘い香りのする何かが巻きついてきた。それもトンデモナイ馬鹿力で。ヤバい、このままじゃ背骨が折れそう。いやマジ折れる。痛い痛い。死ぬ死ぬ死ぬ。

「イルマ、イルマったら。大丈夫だから。すぐに収まるから。ね」
「だって怖いんだもんっ!」

 悲鳴にも似たイルマの大声にようやく観念した。渾身の力を振り絞り彼女の両腕を振りほどき、半分も働いてない頭を懸命に回転させ、よしよしとなだめにかかる。でも……いい香り。柔らかい。三度三度私と同じ食事を食べて、同じシャンプーを使い、同じように24時間を過ごしてるはずなのに、ちょっとばかし不公平じゃないだろうか。

 とうの昔に揺れは治まったというのに、イルマはまだ半泣き状態だった。やれやれ、明日25歳を迎える大人の女性にはとても見えない。普段は私なんかよりずっとしっかりしてて、スタイルだってかなりのものなのに、こうやって地震が起こるとただの駄々っ子になってしまう。もっとも、私以外の人間に彼女のあられもない姿を見られるなんて、もう絶対にありえないんだけどね。

「ほーら、もう揺れてないし。どこも崩れてないよ。周りをよっく見てごらん」
「う……うん」

 何度も言い聞かせながら辛抱強く背中を撫で続けていると、ようやく落ち着きを取り戻し始めたイルマが、おずおずと室内を一瞥する。低めの天井、二段ベッド、小さな机とふたつの椅子、壁に組み込まれた鏡と本棚、クローゼット、などなど。私の目から見ても、常夜灯の光でうすボンヤリと照らし出された室内には、これといった変化は見られなかった。

「よく平気だね、アイリは。ホント感心しちゃう」
「まあね。とはいえ私も、小さい頃はびっくりして泣き叫んだもんだけどね」

 そう答えると、ようやくイルマの表情が少しだけ緩んだのがわかった。

 無理もない。生まれてから国外へ一歩も出た事のない彼女にとって、地震という自然現象はまったく未知のものだった。何度も説明を繰り返し、頭では理解していても、本能的な恐怖をコントロールすることは決して容易いことじゃない。その点、世界的にも地震の巣として有名な東洋の島国からやってきた私には、それは夕立よりはめずらしいという程度のものでしかなかった。

「それにさ、さっきの地震はまだ小さい方だからね」
「そうね。10日くらい前のは本当に酷かった、本当に……」

 その時の恐怖が蘇ったのだろう。ため息交じりにイルマが呟いた

「ひと区画がまるまるひとつ、瓦礫に埋もれちゃったんだもん」
「あれは痛かったよ。まだ食材とか運び切れてなかったしね」
「そして、いずれここも……」
「確かに否定はできないね」

 ここはもう少し柔らかい表現にしておいた方がよかっただろうか、などと思いながらも、私はただ事実を簡潔に述べた。

「なんせこのシェルターは、地震の事なんてほとんど想定されてないみたいだし」
「それは仕方ないと思う。だってこの国では地震なんて10億年以上起きてないんだから」
「確かに世界で最も古い岩盤だものね。でなけりゃ、こんな巨大な空洞、とても作れないよ。私が生まれた国の地面はイルマのおっぱいみたいに柔らかいんだ」

 私は軽口を叩きながら、彼女のむき出しの膨らみを人差し指でつんつんとつつく。

「……もう、アイリのエッチ……」
「だって気持ちいいんだもん、イルマのおっぱいは。私のなんかよりずっと大きいし」
「アイリのだってとっても綺麗ですべすべだし、それにとっても敏感じゃない」
「そりゃあ、誰かさんに毎日舌で磨かれてるから、かなあ」
「毎日じゃないでしょ。それと、どさくさにまぎれてソコ弄るの止めなさいよ」

 珠玉の肌を紅く染めながら、上目づかいで私の顔を睨み付ける。そんなイルマが可愛くてたまらない。胸のドキドキが激しくなる。

「『君が啼くまで、弄るの、止めない』」

 理性が飛びかけていたのだろう。つい母国語が私の口から飛び出す。

「え……なんだって?」
「ああ、ごめん。私の国の言葉で”イルマの声を聴かせて”って言ったんだ」
「バカ……。エッチなアイリには、罰として奉仕活動を命じます」

 全身を朱に染めつつ、とっても場違いな堅苦しい口調で宣告しながら、イルマは両腕で私の頭を軽く包み込んで自身の胸元へといざなう。それは私達だけに通じる暗黙の肯定だ。いつもみたいに、いや、いつも以上に可愛がってあげるからね、イルマ。

 ふと彼女の身体の奥底から、かすかに硝煙の匂いが漂ったよう気がした。

 ──今日で、最後だから。

    ◇  ◆  ◇

「それにしても、今日は一段と凄いね」
「もちろんですとも。いくらでも誉めていいのよ」

 私が感嘆の声を上げるの見て、満足げにイルマが微笑んだ。乏しい食材からこれだけの料理を作りあげるイルマの努力には本当に頭が下がる思いだ。マッシュポテトのサラダと貴重な緑葉系野菜を惜しげもなく使ったミックスサラダ、ブルーベリーとラズベリーの2色のジャムが綺麗に塗られたライ麦のパン、そしてメインディッシュはポトフ。

 しかも今日はイルマの誕生日ということもあって、なんと小さなケーキまで用意されていた。これでゆでたてのジャガイモがあったら最高なのだが、そこまで望むのは贅沢が過ぎるというものだろう。この国の食べ物の中でも、ゆでたジャガイモの美味しさといったらもう! 

「今さら食材残しておいても仕方ないし、電磁調理器のバッテリーもほとんど使い切ったわ」
「じゃあ、食後のコーヒーもないの、イルマ?」
「そこは非常用のインスタントで勘弁してください」

 全ての準備を整えた私達は、食器の類と2丁の拳銃を小さな机いっぱいに並べ、向い合せに座る。お互いのカップにミネラルウォーターを注ぎ、それで乾杯する。

「25歳のお誕生日、おめでとう。イルマ」
「ありがと、アイリ。これで貴女にまた追いついた」
「別に同級生なんだからいいじゃない」
「正確には元・同級生、だけどね」

 イルマのツッコミに、私は思わず苦笑いを浮かべてしまう。そう、私達は中学の元・同級生だった。

「ここに閉じ込められてから、もう11年か……」
「とっても長いような、ひどく短いような」
「そもそもイルマの誕生祝いをこのシェルターでやろう、と私が思いついたのが原因なんだけどね」
「そりゃ違う」

 自嘲気味の懺悔は硬い声で一蹴された。同時に彼女の顔から表情がすうっと消える。

「こんなことになったのは、どっかのバカが前世紀の遺物を持ち出したおかげで、世界中がパイ投げ競争をやらかしたせいだ。アイリだってあの後のラジオの放送、聞いただろ?」
「そりゃまあ、そうだけど……」
「だから逆だよ。あの日、アイリがここに誘ってくれなかったら、私の人生は14歳で終わってた。だからその点について私はアイリに感謝こそすれ、責めるつもりはこれっぽっちもない」
「……ありがと、イルマ」
「いやだから、それはこっちの台詞なんだって」

 今度はイルマが苦笑いを浮かべる番だった。よほど私が暗い顔をしていたのだろう。

 20世紀後半、世界を二つに分けた冷たい戦争があった。私達がいるシェルターもその時に作られたものだという。しかし90年代にはいって冷戦が終結し、事実上無用の長物になってから、ここの維持管理をどうすべきかが問題になった。廃止論もしばしば出されたみたいだけど、そのたびにお隣の大国の軍事的脅威によって否定されたという。

 しかし予算は無限にあるわけじゃない。解決すべき問題は他にも山のようにあったのだろう。最初は国、次は州、さらに町、ついには地元の中学校の生徒まで駆り出されるはめに。最終的に週に一度、生徒達が交代でシェルター内部の簡単な清掃を行うと決められたのは、『あの日』の数年ほど前のことだったらしい。

 そのシェルターで、イルマの誕生日を祝おうと思いついたのは、よその国からふらりとやってきた私の思いつきだった。

「あの頃の私は、なんにも知らない子どもだったんだなって、今さらながら思うよ」
「それはこっちも似たようなもんだよ。アイリだけじゃない。それに私だってチョーノリノリだったしね」

 ほとんどの人々が存在すら煙たがっているこのシェルターなら、誰にも邪魔されることなく、二人きりで存分に楽しむ事ができる。計画を思いついてからは毎日が上の空だった。彼女もすっかり乗り気になり、清掃当番を変わってもらうと、『あの日』私達はピクニック気分でシェルターの最深部に潜り込み、イルマの誕生日を祝い、初めての愛を交わしたのだった。

 だけど、その間に外の世界の様相は一変していた。

 夢のようなひと時を過ごした後、私達がシェルターの出入口まで戻ってみると、そこはすでに自動ロックされ、パスワードを打ち込まないと開けられない状態になっていた。扉はコンクリート製で、厚さは2メートル以上。とてもじゃないが、素手でどうにかなるものじゃなかった。

 しかたなく管理棟まで戻り、外と連絡を取ろうとしたが、電話には誰ひとり出る気配もいない。途方に暮れるしかなかった。

「当然だよな。私達が知らない間に、町そのものが吹き飛ばされてたんだから」

 しばらく無駄な努力を続けて、すっかり疲れ果ててしまったところで、イルマが自分達が持ち込んだCDラジカセのスイッチを入れることを思いついた。そこから流れ出すヒステリックな声で、ようやく私達も事態の重大さを悟ったのだった。

「それからだよね、私達の生き延びるための戦いが始まったのは」
「アイリはよくやったよ。シェルターの中をあちこち探検して、生きるために必要な物をかき集めてくれて。私じゃとても無理だった」
「あの時は必死だったから。私のせいでイルマをこんな目に合わせた。助けが来るまで絶対に生きてなきゃ、私がイルマを殺したことになるって」

 5000人の人達が1年間避難生活を送れるように作られた広大なシェルターは、私達にとって地下のダンジョンにも等しかった。清掃作業といっても、鍵と簡単な地図を渡され、決められた手順書通りにスイッチを押したり、ほこりを払ったりするだけ。だから当時の私達は、そのシェルターのどこに何があり、どのような役割を果たしてるのかといった知識を与えられていなかった。管理棟に残されたマニュアルを頼りに、文字通り手探りで確かめていくしかなかったのだ。

 その苦労はなんとか報われた。翌日には空調施設が動き出し、さらに数日の間には当面の生活に困らない程度な食料や生活必需品も、なんとか見つけ出すことができた。ついでにこの地下奥深くにラジオの電波が届く理由もわかった。丘の頂上に小さなアンテナが設置されていて、そこからケーブルがシェルターの隅々に引かれているのだそうだ。長い間閉じ込められることになる人々に対する配慮だったのか、それとも別の理由があったのか、そこまではわからなかったが。

 そしてなにより、ラジオを聞いてしばらく放心状態だったイルマが、次第に立ち直りをみせてくれたこともありがたかった。

「そりゃまあ、最初はショックでなんにも考えられなかったけど、一生懸命なアイリを見てる間に、自分も何かしなきゃ、てね」

 そう言ってイルマは照れくさそうに笑った。それを眺めているだけで、ほんの少しだけ私も救われた気分になる。

 だけど1カ月、2カ月、さらに1年、2年待っても、一向に助けはやってこなかった。無理もない。唯一の情報源であるラジオは、世界中に厳しい冬が訪れたことを告げていた。いわゆる『戦後の冬』である。大量使用される反応兵器の爆発で吹き上げられた塵によって太陽の光が遮られ、その後の何年か何十年か、地球全体が寒冷化するという現象だ。

 戦前は否定的だった『戦後の冬』説は、皮肉なことに人類が自ら犯した愚行によって実証された。つまり外の世界の人達も生き残るのが精いっぱいで、こんなど田舎の、それも反応兵器の直撃を受けた町の生存者をいちいち探して回るような余裕など、あるわけがなかったのだ。

「前世紀から何十年もかけて溜め込まれてきた悪意が、ついにはじけて世界を滅ぼした」

 自身でも驚くほどの暗い声だった。ほとんどの人達が忘れ、いや目を背けてただけなんだ。ヒロシマ以来、人類はとうとう自らを絶滅させる力を手に入れたってこと。しかもそれが21世紀になってもなお、厳然と存在し続けてる事実を。

「この冬だってホントは、無意味に殺戮された人達の恨みなのかも」
「そういう感覚はいかにもアイリらしいけど……わからないでもない」

 何年かかっても、いや一生をここで過ごすことになるかも知れない。そう覚悟を決めて、これまで2人で生き延びてきた。もともと5000人が1年過ごせるだけの水と食料が備蓄されていたのだ。2人なら食べ尽くすのに1000年はかかるだろう。

 5年、いや6年目だったろうか。ついに最後のラジオ局が電力不足を理由に放送を停止した。それからしばらく、いろんな周波数を試してみたけど、とうとう生きている放送局を見つけ出すことはできず、そのうち諦めてその作業もやめてしまった。外の世界の人間は滅んだのだという絶望がつのる一方だったから。

「それでも、私達だけはやっていける。そう思ってたんだけどな」
「私も出来ると思ってたよ。地震さえなければ」

 ぼやくようにイルマの呟きに、私も力なく答える。

 地震が起こるようになったのは、ここ1年ほどことだ。理由はわからない。生まれてから一度も地震を経験したことのないイルマは、ついにこの世の終わりだとか泣き叫んでたけど。もっとも私も地震は久しぶりだったから最初は驚いたっけ。

 ほとんどの地震は身体に感じる程度のものだった。しかし、それでも何度か発生した大きな地震で、区画のかなりの部分が被害を受けた。時には崩落でひと区画が完全に埋もれるような事も起き、そのたびに私達は最低限の物資を運び出し、別の区画へ移動することを繰り返して対抗した。

「特に10日前の地震の被害が致命的だったよね」

 今度は私が呟く番だった。その地震で食糧倉庫と最後の発電室が完全に壊れ、空調も予備のバッテリーが尽きて数日後に停止した。かろうじて無事なこの区画も、次の大きな地震が起きたらどうなるかわからない。仮に地震がなかったとしても、空調が動かない地下では、遠からず酸素が尽きる。

 最後に確認した外の気温は摂氏マイナス68度。ここ何年も変わってない。管理棟のマニュアルを読みふけっていた時に、シェルターの扉のパスワードも見つけてはいた。しかし、この超低温ではたとえ外に出たとしても、さ迷う余裕もなく凍死するだろう。

 ──そろそろ覚悟を決めよう。

 そう切り出したのは私の方だった。宗教上自殺をよしとしないイルマは最初こそ拒んだものの、この絶望的な状況を打開する方法があるわけでもない。散々話し合いを続けた結果、まもなくやってくるイルマの誕生日を最期の日にしようと決めたのだった。

「この拳銃、ちゃんと動くよね」
「大丈夫だよ。信頼性に賭けては折り紙つきのスイス製だし、実際昨日も試し撃ちしただろ?」
「そりゃ、そうだけど……」

 管理棟のロッカーには武器があるはず。イルマの予測は当たっていた。厳重に施錠されていたロッカーの扉をハンマーで叩き壊すと、中には大小取り混ぜて20丁以上の銃と、大量の弾薬が保管されていたのである。

 私の国では地震や台風、洪水といった自然災害が最大の脅威だが、この国では厳しい冬を除けば、隣国との戦争が恐るべき脅威だった。防災の日に避難訓練をするかわりに、空襲警報で避難訓練をしたり、民間防衛の授業があったり。それがここでの常識である。

 そんな国で生まれ育ったイルマと違い、私には銃器の知識はほとんど無に等しい。空き部屋のベッドに向けて、彼女に教わりながら生まれて初めて拳銃を撃った。何かに引っぱたかれたようなじんじんとした感触は、まだ手の平に生々しく残っている。

 いやむしろ、極東の島国という私の祖国の方が少数派なのかもしれない。『あの日』以前だって、世界中のあちこちで紛争やテロが頻発していたわけだし。

 ああ、なんかやだな。だんだん雰囲気が暗くなってきた。最後の瞬間まで、できればテンションは保っていたい。……そうだ、アレがある。

「ねえ、このCDラジカセ、使ってもいい?」
「……よく持ってたね、そんなの」
「数少ない思い出の品だしね」

 私が私物入れ用のスポーツバッグから取り出したCDラジカセを見て、イルマが呆れたような声を上げる。区画を何度か移動するたびに、捨てられるものはほとんど捨ててきた。でもこれだけはどうしても捨てる気にならず、かなりの大荷物にもかかわらず、ずっと抱え込んできたのだった。

「ええっと、どうすれば再生できるんだっけ」
「何、その年にしてもう痴呆症?」
「久しぶりだから忘れちゃったんだよ……そうだ、これだ」

 確信に満ちたスイッチを押した途端、大音響が部屋中に響き渡った。顔をしかめながらイルマが負けじと叫ぶ。

「ちょっとアイリ、音下げて音。耳がどうにか──」
「待ってっ!!」

 私の剣幕にイルマがたじろぐ。そう、今はそれどころじゃない。一瞬遅れ、彼女も重大な事実に気づく。

「もしやこれって、ラジオの放送……なの?」
「多分。英語のアナウンスみたいだけど」

 ぽろりと私の頬を何かがつたう。原稿を読み上げるだけの音声なのに。久しぶりの英語でろくに聞き取ることもできないのに。まだ私達の他にも生きている人がいたんだ。そう思っただけで胸がぎゅっと詰まる。

 私やイルマにとって、基本的に英語は外国語であり、なじみの薄い言葉だ。学校以外で使うことはめったにない。英語のラジオ放送が止まったのだって何年も前の事だ。おかげでほとんど意味はわからなかったけど、たったひとつだけ、私の耳にしっかりと聞き取れた単語があった。

 ”United Nations(国連)”

 ──今日で、最後だから。

    ◇  ◆  ◇

 眼前に見慣れない光景が広がっている。

 かつて私達が住んでいた町があったはずの場所は、信じられないほど蒼く澄み切った湖へと姿を変えていた。きっと反応兵器の直撃で全てが蒸発し、そこに出来た穴ぼこに水が溜まったのだろう。辺り一面を埋め尽くしていたマツやトウヒの森はその片鱗すら残っていない。ほぼ漆黒と呼んでいい荒地と化していた。ちらほらと見える白い場所は雪か氷だろうか。

 太陽と、紺碧の空と、死の湖と、荒野。そこにかつて人が住んでいたなんて、とても信じられない。何より私達もその一員だったはずなのに。それがまさか、ここまで変わり果ててしまうとは。

「それにしても、よくこんなの見つけたね、イルマ。よりにもよってマウンテンバイクなんて」
「生き残ってた区画の一部屋に押し込めれてたんだ。多分、誰か考えたんじゃないの。いつの日か、燃料がなくても使える交通手段が必要になるかもって」
「その人には感謝しなくちゃね。本当にいい仕事をしてくれたって」
「きっと今頃は、あの湖のどこかで、安らかに眠ってるんじゃないかな」

 私は両手をあわせ、イルマは胸の前で十字を切って、しばらくの間黙とうした。かつてそこに住んでいた両親、友達や先生、そして町の人達の顔が次々と浮かび上がっては消えていく。

「もうここは死者たちの楽園なんだね」
「そうだね。私達みたいな生きた人間にはふさわしくない」
「とりあえず州都に行こう。救援隊がいる、州都へ」

 先ほどのラジオは、最初こそ英語だったが、まもなくこの国の言葉に切り替わった。どうやら交互に繰り返しアナウンスしていたらしい。州都に国連と国防軍の合同救援部隊がやって来ている。もし生き残っている人がいれば、すぐにシェルターを捨てて州都へ向かえ、と。

 『戦後の冬』の間に降り積もった雪が急速に溶けだしている。それが私達を散々苦しめた地震の原因だった。何千億トンもの重しが急に失われ、それによって何メートルも沈んでいた大地が元の高さに戻ろうとしているのだ。

 きっとシェルターの温度計はとっくに故障してしまっていたのだろう。考えてみれば何年もの間、気温がずーっと同じというのはいくらなんでもおかしい。それに対し何の疑問も持つことなく、外の世界は極寒地獄だと信じ切っていたとは。我ながらおめでたいにもほどがある。つまり私達は、限られた情報と閉鎖空間の中で、完全に視野狭窄に陥っていたのだった。

 ──行こう、イルマ。
 ──了解、アイリ。

 ラジオによってもたらされた新たな希望の光に、私達はすぐさま手を伸ばした。ほとんど瞬く間に身支度を整え、シェルターの鍵にパスワードを打ち込み、バックアップの手動開閉システムで巨大な扉を動かす。全開にするには何時間もかかるのだろうが、ふたりが通り抜けるだけなら、ほんの1メートルも隙間があればいい。

「ここから州都まで、どのくらいかかるの」
「直線距離でおよそ40キロ、自動車なら1時間くらいかな」
「でも、まともな道路が残っているかもわからないよね。今が夏でよかった」
「この時期はほぼ1日中明るいからね、ここら辺は」
「そうだね」

 生返事を返した私は、もう一度だけ振り返る。何かに似てるんだよな、これ。丘の中腹のトンネルの出入口をぼんやりと眺めていたら、すとんと腑に落ちるものがあった。

「そっか……。あのシェルターは、子宮だったんだ」
「じゃあシェルターを出入りするトンネルは、さしずめ産道ってとこかな」

 そうイルマがまぜっかえすが、私は大まじめだった。

「きっと私達はたった今生まれたんだよ。あそこから新しい世界に産み落とされたんだ」
「するとあの地震は、いわば陣痛だった。そういうことなの」
「……そうだね。私達を外へ押し出すための」
「ずいぶんつれない母親ね。こんな荒れ果てた世界に放り出すなんて」

 そうかも知れない。でもあのシェルターは、いや子宮は、ずっと私達の事を守り続けてくれていたのだ。11年もの間、放射能と極寒の地獄から。

「でも私としては、アイリと一緒なら、どんな場所でも楽しくやっていけると思うわ」
「私もイルマと一緒なら、いつでも幸せ」
「それじゃアイリ、そこで一発誓ってみよう」
「は? 何を」

 するとイルマはそれまでの緩い態度を一辺させる。お互い向き合うような態勢を取り、真剣な面持ちで私の目を見つめながら、口を開いた。

「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか」

 胸を突かれる思いがした。イルマが唱えたのは、こちらの宗教で用いられる、結婚の誓いの言葉である。そういうことなら、私も誠心誠意応えなければ。

「私は、貴女を伴侶とし、良いときも悪いときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつまで、愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います」
「私は……以下同文」
「何それズルい。私にだけ言わせておいてっ!」
「だって今さら恥ずかしいじゃない……そんなの」

 ぷいっ、とイルマがそっぽを向く。頬がリンゴか何かのように真っ赤に染まっている。そこまで本気で恥ずかしがっているのか。そう思った瞬間、笑いの発作が突き上げてきた。

「な、なんでそこで笑うのよっ!」
「だ……だってイルマ、すっごく可愛いんだもん」

 ようやく私の発作とイルマの怒りが収まったところで、私達はマウンテンバイクにまたがる。だが後ろ髪を引かれるような思いにかられ、私はもう一度だけシェルターのある丘を振り返った。

「さよなら、お母さん」
「今までありがとう、お母さん」

 前を向いたまま、イルマが私に続けて呟くのが聞こえた。きっと振り返ったら泣き出してしまうからだろう。だけど私達にそんな余裕はない。『戦後の冬』が過ぎ去ったとはいえ、ここは爆心地からそれほど離れていないのだから。

「毎時1ミリシーベルトってところか」
「それって……ちょっとヤバい?」
「今すぐどうこうってことはないけど、長く留まると危ないかな」

 なんとか話題を変えたかったのだろう。どこからか見つけ出してきた携帯線量計を睨みながら、イルマが答える。

「つまり、毎時1ミリシーベルトってことは、1年間に浴びてもいい限界を1時間で超えるわけ。もっとも発ガン率が上がり始めるのは100ミリオーバーって言われてるけど」
「さすがに詳しいね、イルマは。私はそういうのはサッパリで」
「こんなの、この国では小学生でも常識さ。チェルノブイリで事故ってからね。それにあんたの国だって大地震で反応炉が爆発……ごめん、やめよう、こんな話は」

 どうやらありったけの涙を流す贅沢は、もう少し後までおあずけのようだ。

 それに今の恰好はちょっとばかし暑苦しい。放射性物質の付着を少しでも防ぐため、長袖のトレーニングウェアに加え、厚手の帽子と手袋、さらにゴーグルとウイルスも通さないマスクという重武装なのだ。考えてみれば、きちんとした服を着るなんて、もう何年もしていないような気がする。

「それにしても、なんか胸が……キツイ」
「『乳垂れろ、乳垂れろ、乳垂れろ』」

 カチンときた私は、とっさに母国語で小声で呪詛を吐く。するとイルマが私を軽く睨みつける。なんつー地獄耳だ、コイツ。

「今なんか、ヘンな事呟いてただろ」
「東洋の呪いをかけた。イルマのおっぱいが垂れますようにって」
「ちょっと、なんてことするのよっ。今すぐ解いてよ、その呪い!」
「あはは、冗談よ冗談。そんなのなくても、イルマのおっぱいはいずれ垂れる」

 びしっ、とイルマの胸元を指さす。

「もしそうなったら、私の事嫌いになる?」
「そんなわけないでしょ。イルマはイルマだもん。さっき宣誓したばっかりじゃない」
「そっか……そうだね」

 心底ほっとしたようなイルマの声。そこへ私はさらなる追い打ちをかける。

「それにイルマのおっぱいは私が育てたも同然なんだし。10年以上かけて」
「な、なななな何をいってんのあんたはっ!」

 とっさに両腕で胸を隠す。目が三角に吊り上っていた。ゴーグルとマスクでよくわからないけど、きっと顔中が真っ赤になってるに違いない。こらえ切れずに私が吹き出すと、彼女もつられて笑い出した。

 もう長い付き合いである。彼女がこれからのことについて漠然とした不安を抱いていることくらい、とっくにお見通しだ。今のやり取りで、それが少しは払しょくされればいいのだけれど。

 また私の判断ミスで、イルマを死なせてしまう所だった。もしあの時、偶然ラジオのスイッチがはいっていなかったらと思うとゾッとする。だけどその話を持ち出せば、同じように彼女に一蹴されるだろう。貴女のせいじゃない。ふたりで決めた事なのだからと。

 ひとしきり笑い合ったところで、イルマが背筋を伸ばす。私もそれに習う。

「じゃあ、行こうか」と彼女。「うん、行こう」と私。

 ペダルに体重を乗せ、私達は走り出す、一路州都へ。未来へ向かって。深い哀しみと苦い不安、そして甘い希望を抱えながら。

 『あの日』、その後の11年をへて、明日から何が私達を待ち受けているのだろう。

 だけど私は、振り返らない。
 たとえ思い出すことはあっても、二度と振り返らない。

 ──今日で、最後だから。

 (おしまい)



あとがき

 いわゆる冷戦時代に国中に数千人規模の核シェルターを建造しまくったり、学校で空爆や核戦争に対する避難訓練が行われていたのは、いくつかの国での歴史的事実です。たとえばスウェーデンのストックホルムでは、当時の核シェルターが地下駐車場に転用されてたります。また今回のSSでモデルにした国では、いわゆる先進諸国の中で最後まで対人地雷禁止条約の加盟を拒んでました。(現在は加盟していますが)

以上、蛇足ながら付け加えておきます。
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おもに百合(GL・ガールズラブ)な小説と周辺情報を公開しています。最近はコミPo!でオリジナル百合4コマも。現在は「けいおん!」、「魔法少女まどか☆マギカ」とオリジナル。カプ傾向は澪梓、憂梓、恵和あたり。あと、ほむほむは百合。
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